ARSNOVA バイオグラフィー

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今回から、日本のプログレッシブ・ロックバンドARSNOVAを紹介していきたいと思います。
ちなみに、当バンドは女性のみのキーボード・トリオバンドとしてスタートしましたが、2000年代の後半ぐらいから、男女混成バンドとなりました。

①はじめに

2007年、ある有名レビューサイトでARSNOVAのことを知りました。女性によるキーボードトリオということで興味を持ちました。

果たして、どのようなバンドなのか?どのような音楽性なのか?いろいろ調べまして、当時の公式サイトにたどりつき、リーダーの熊谷桂子の写真がいろいろ載っていました。コスプレのファションセンスがどうでしょうか?というのもありましたが、かなり美人なので、とても気になり、何か一枚聴いて見ようと思いました。

そこで、当時自分がよく出入りしていた洋楽サイトにARSNOVAについて書きこむと、ダーク系のプログレ詳しいかたから、バンドの音楽性の概要などを教えてもらいました。また、アルバム「死者の書」をおすすめアルバムとして紹介していただきました。

早速、「死者の書」を購入して聴いてみたところ、(オールインストは承知の上ですが)何やらつかみどころのない音楽性で、かなり面喰いました。しかし、繰り返し聴いているうちにはまってきて、アルバムをそろえようと思った次第です。

②バイオグラフィー

ARSNOVAは歴史が長く、またメンバーチェンジも多いバンドなので、かなりの長文になりますが、もれなく紹介していきたいと思います。

1)結成~活動停止

1983年金沢京子(ベース)を中心として、大学内で知り合った津端桂子(キーボード)、斉藤由美子(ドラム) とARSNOVAを結成。EL&P、TRACEなどのコピ-やEL&Pからの影響の強いオリジナル・ナンバーを主に演奏していました。

1986年津端桂子が脱退し、その代わりにシルフィールドというノヴェラのコピーバンドをやっていた熊谷桂子が加入します。

2回のライブを行いますが、熊谷桂子の個人的な理由により、活動を停止します。

2)再結成~世界への進出

1991年に、メイド・イン・ジャパン・レコードのプロデューサーのヌメロ・ウエノの勧めで、金沢京子、斉藤由美子、熊谷桂子でARSNOVAを再結成しました。

翌年の1992年、ヌメロ・ウエノのプロデュースの下で、メイド・イン・ジャパン・レコード
よりファースト・アルバム「Fear & Aniety」をリリースしました。

その後、斉藤由美子が脱退し、代わりにアバンギャルド・オルタナティヴ系のニュー・ウエイヴのバンドで活動していた高橋明子が加入します。
1994年にセカンド・アルバム「Transi」をリリースし、海外でも注目され始めます。

1995年10月にアメリカのロサンゼルスで行われた世界最大プログレッシヴ・ロック・フェステイバル“Prog Fest ’95”に日本のアーティストとして初めて招聘され、初の海外ライブを行います。このフェステイバルで大好評を博して、ARSNOVAは世界のプログレ・シーンに進出することになりました。

3)全盛期

1996年7月にサードアルバム「The Goddess of Darkness」(黄泉の女神たち)をメイド・イン・ジャパン・レコードとフランスのMUSEAから同時リリースとなり、本格的にワールドデビューの運びとなりました。

また、同年9月にアルバム売記念海外ツア-として、2回目のUSAツアー敢行しました。
1997年1月にフランスのParis, Bordeaux, ドイツのWrtzburgに於いて初のヨーロッパ・ツアーを敢行しました。
また、6月にヨ-ロッパ最大のプログレ・フェステイバル“UDEN ROCK FESTIVAL”(オランダ)に出演を始め、イギリスのLondon, ドイツのStuttgartにて、2回目のヨーロッパ・ツアー敢行しました。

インターナショナルなアーテイストとしての地位を確立し、勢いに乗っていましたが、
10月にバンドの創始者であり、リーダーでもあった金沢京子が脱退します。

なぜ、これからという時に創始者である金沢京子が脱退したのでしょうか?
まあ、いろいろあったのだろうと思います。

しかし、その危機を乗り越え、サポートベーシストを起用し、1998年9月に傑作である四枚目のアルバム「死者の書」をリリースします。

また、ロザリアやアフター・ザ・レインで活動していたキーボードの三浦奈緒美を加えて、ダブルキーボード&ドラムスという変則的なトリオでワールドツアーを行いました。

1999年4月にジェラルドとのジョイント企画によるキーボード・トリオのトリビュ-ト・アルバム「キーボード・トライアングル」をAVALONレーベルからリリ-スしました。

また、ライブ・サポ-ト・メンバ-であった三浦奈緒美に代わって、正式メンバーとして、TRITONのキ-ボ-ドのミカが正式メンバ-として加入しました。

2001年に5枚目のアルバム「アンドロイド・ドミナ」をリリースしました。SMコスプレファッションのジャケット、またそのいで立ちでライブを行ったことが、話題となりました。

しかし、2002年には、ミカが脱退してしまいます。
2003年前半、その後、メキシコの”Baja Prog”に三浦奈緒美をサポート・メンバーに加えて出演しました。そして、高橋明子まで脱退してしまいます。

6月にArjen Lucassen(ギター エイリオンを主催)、 Gianni Leone(キーボード)、 Claudio Simonetti(キーボード 元ゴブリン)、 L.Fabbri(バイオリン), Alex(ヴォーカル)、長谷川淳(ベース),下田武男(ドラムス), 後藤マスヒロ(ドラムス)らの多彩なゲストを迎えて制作した、SFをテーマとしたアルバム「バイオジェネシス」をリリ-スしました。
まさに全盛期の最後を飾る傑作アルバムです。

4)女子バンドから男女混成バンドへのシフト

「バイオジェネシス」発表後、GERARDのドラムの後藤マスヒロ、元シルフィ-ドのベ-スの柴田伸子が正式加入しました。
後藤マスヒロが加入することにより、女子バンドであることが崩れはじめました。

さらに、このメンバーでスイスのProgSolフェスティヴァルに参加しました。(トリはFOCUSということです)
また、クリスマスライブでゲスト・ギタリストとして半田聡が参加しました。

2004年にイギリスでのツアーを行いましが、その後後藤マスヒロが脱退してしいます。
代わりに、新ドラマーとしてHazimeが正式加入し、また半田聡もギタリストとして正式に加入します。

結局、女子トリオから女子2人男子2人の男女混成バンドへのシフトしたということです。

このころから、活動が閑散となり、ライブ活動も単発的なものとなってしまいました。
アルバム・リリースもしばらくありませんでした。

しかし、2009年に上記の体制で初のアルバム「セヴンス・ヘル」をリリースし、それに伴う
ライブも行いました。

女子トリオから男女混成バンドになって、音に厚みが増した、演奏レベルがが上がったという声もあります。
しかし、女子トリオということが、ARSNOVAのアイデンティティの一つであり、それにより独自の世界観を表現していました。男女混成バンドとなり、それらの要素が希薄になったことは、私としては少し残念です。

5)女子ARSNOVA結成~現在

2010年以降はライブ活動が中心となりました。
2010年6月のライヴは現行のARSNOVAと、脱退した高橋明子をゲストとして参加した
女子だけのARSNOVAとの2本立てでした。

また10月には、ドイツのローレライで毎年開催されている野外フェスティバル「Night of the Prog Festival V」に、日本のバンドとして初めて出演しました。

またその頃にライヴDVDが次々とリリースされました。

その後、しばらく沈黙を保っていましたが、2015年に女子ARSNOVAが結成されたという
ニュースが飛び込んできました。メンバーは現行の熊谷桂子、柴田伸子に、脱退したかつてメンバー高橋明子、中島美香の四人です。
現行のARSNOVAの並行して活動し活動していくそうです。

また、2017年には、ARSNOVA FESTとして、金沢京子らのオリジナルARSNOVAも出演しました。

現行ARSNOVA、女子ARSNOVA、オリジナルARSNOVAの平行活動。なぜそのような活動形態をとったのか私にはわかりません。それより、新作アルバムのリリ-スを期待しています。

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