ハート 私とハートとの関わり

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こんばんは、まっちゃんです。
今回は、一連のハート関連記事の締めくくりとして、私がハートのことを知ってから、いままでのハートとの関わりについて語っていきたいと思います。

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①中学高校時代

私がハートと出会ったのは、中学3年の冬でありました。確かに、当時旺文社の「中3時代」に最近デビューしたロックバンドの紹介があり、そこにハートが掲載されていました。

黒髪の美人と金髪の美人がセンターにいて、その二人を男性4人で囲んでいる写真でありました。
まるで、お姫様とそれを守る騎士のようないでたちで、ロックバンドらしくないメルヘンチックなものを感じました。
当時は、ロックバンドといえば、長髪で厳つく、汗臭い男の世界でありましたから。

そこで、ハートを実際に聴こうと思いました。
さっそく、FM放送をエアチェックしました。
日本デビュー盤でもあった「リトル・クイーン」とファースト・アルバムの「ドリーム・ボート・アニー」です。
それから、まもなく、ドリーム・ボート・アニーが日本でも発売されましたが、いかにも、ウィルソン姉妹の美貌を全面にだしたジャケットと、「ハート宣言」という恥ずかしい日本語タイトルなので、なんとなく恥ずかしくて買えなかった思い出があります。
そして、男女関わらず、同級生にハートについて話したことは一度もありませんでした。
そう、隠れファンだったのです。

男連中からみれば
〇ハートってウィルソン姉妹の美貌を売りにしているバンドだろう。お前もミーハーだな
〇女ゼップというふれこみだったから、聴いてみたけどいまいちだった。なにかB級ぽくないか?

女の子からみれば
〇「ドリーム・ボート・アニー」のジャケット。いかにもセクシー路線で売ろうという嫌な感じ。
〇女性がメインのバンドだっていうんで聴いてみたけど、いまひとつ洗練されていない。

という感想が返って来そうなので、隠れファンをやっていました。

②大学時代

1981年を過ぎますと、大学受験で忙しくなり、またハート側でも低迷期に入ったこともあり、次第にハートのことは忘れていきました。

1985年、大学に入って2年目のころ、「ホワット・アバウト・ラヴ」を引っ提げて、当時流行していたMTVで復活しました。
その時点では、音楽性の変化よりも、ヴィジュアル面での変化の方がショックでした。
例えてみれば、田舎の純情で上品な美人姉妹が、薄汚れた都会にいるようなすれっからしの姉ちゃんになってしまったような、そんな感じでした。

それからまもなく、「ネヴァー」がヒットし、70年代とはまったく別のバンドになってしまったことを実感しました。
当時は、、一人暮らしで夜更かししがちであったにで、MTVをよく見ていました。
ですから、初めは違和感があったわけですがMTVを見続けていくうちに、次第にその変化を受け入れて、癒されるようになりました。
その当時、オーケストラに所属し、いろいろなことで悩んでいたため、そのMTVには本当に癒されました。

「ジーズ・ドリームス」のヒットの時は、全米一位ということもあり、MTVのみならず、有線でもよくかかっていました。
「アローン」が全米一位になった時は、これぞ、名曲だと思って泣けてきました。

③社会人になってから

大学を卒業し就職してからは、仕事が忙しかったこともあり、次第に、ロックミュージックからは離れていきました。
2002年頃、自宅のパソコンにインターネット接続できるようになると、若いころ聴いていたロックミュージックのサイト巡りをすることになりました。
それを、きっかけにロックミュージックのリスナーに復帰しました。
当然、ハートのことも気になってたこともあり、いろいろ調べてみて、まずショックなのはアンが激太りして別人のようになっていたことでした。
また、90年代後半からそれまで活動休止していましたが、そろそろ活動再開するということで、うれしく思いました。
それから、またハートをリアルタイムで追いかけ、現在に至っています。


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