ヘヴィ・メタル・アーミー

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次は、中島優貴が元沖縄の名バンドのメンバー等を集め、結成したヘヴィ・メタル・アーミーについて紹介します。
今回のレビューはそのファーストである「ヘヴィ・メタル・アーミー1」です。

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①バイオグラフィー

北海道で生まれた中島優貴まずは70年代後半からいろいろバンドを転々し、そのかたわらさまざまなセッション活動をしました。
その中島が、80年にヴォーカルのJJ(John Joseph Patterson:新崎裕人元ジョージ紫&マリナー)、キターのシンキ(州鎌新輝 元コンデンション・グリーン)チェピート(竹内正彦 元クリエイション)、チビ(宮永英一 元紫)という、オキナワンロックの層々たるメンバーを集めて、「ヘヴィ・メタル・アーミー1」 でデビューしました。
その後、プログレ指向の中島とブルース・ハードロック指向のシンキとフュージョン指向のチェピートが音楽的に対立して、シンキとチェピートが脱退、代わりに 多田勇(ギター)、デイブ伊藤(ベース)を迎え入れ、バンド名をイースタン・オービットに変えて、82年「フューチャー・フォース」を発表しました。
バンド名をイースタン・オービットに変えたのも、ヘヴィーメタルバンドと誤解されたくないという考えであり、「フューチャー・フォース」もよりプログレ色の強い作品となりました。
83年にチャーをゲストとして迎えた、ライブアルバム「ジャーニー・トウ・ユートピア」を発表して、残念ながら解散してしまいました。

②ヘヴィ・メタル・アーミー1 曲目紹介

1.ヘヴィ・メタル・アーミー
2.イエス・オア・ノー
3.チャンジリング
4.リタリエーション
5.ロング・スペル・オブ・レイン
6.ストリート・セラー
7.ハムラビアン・ポリス
8.生命の鳳

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③アルバムの感想

ヘヴィ・メタル・アーミーという名前から、もっとヘヴィで攻撃的なサウンドを想像していましたが、そうでもなかったです。
しかし、当時スーパーバンドと言われように、メンバー全員の演奏力を感じました。特にギターのシンキは弾きまくっていますし、チビのドラミング
の手数はすごいです。当時の演奏レベルから考えると一級だと思います。
またJJはハーフだということもあり、英語の歌がうまいですね。
曲単位で印象に残っているのは、タイトル曲の1、スリリングな2.ミステリアスな4.また名曲とは言えませんが、あのハムラビ法典(目には目を歯には歯を)をキャッチーに料理した7.ですね。
それにしても、日本のハードロックの黎明期において、このようなすごいバンドがいたなんて驚きです。

イースタン・オービットの記事はこちらに


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